わかりやすく丁寧な説明で、税のお悩みを解決します

ブログ

2022.05.16

ブログ

特別縁故者に対する相続財産分与

神戸地裁昭和58年11月14日判決 請求棄却(行集34巻11号1947頁)
大阪高裁昭和59年7月6日判決 控訴棄却(確定)(行集35巻7号841頁)

目次

Ⅰ.事実の概要

原告Xの被相続人訴外Aは、昭和43年10月27日に死亡した訴外Bの遺産に対して民法958条の3に基づき、特別縁故者に対する財産分与の審判を神戸家庭裁判所に申立て(以下「本件申立て」)、昭和51年4月24日、同裁判所による5千万円の分与の審判(以下「本件審判」)を受けた。本件審判に対して多数人からの抗告があり、その抗告事件が大阪高等裁判所に係属していたところ、昭和52年3月23日にAが死亡し、Xら5名は、Aの法定相続人として本件申立て手続を継受した。昭和52年7月11日、本件審判が確定した。
 Xは、審判確定後の遺産分割協議の結果、Aの相続人として、Aが本件審判によってBの相続財産管理人から分与を受ける財産のうち1,250万円の分与を受けた。
 Xは、本件財産分与に係る相続財産の確定申告を期限内に行った。その際、訴訟費用等443万円を債務控除とした。そして、遺産に係る基礎控除額を、審判確定時である昭和52年7月11日に施行されていた相続税法による金額(2千万円)とした。
 税務署長Yは、上記確定申告につき訴訟費用等の控除を否認した。そして、遺産に係る基礎控除額をBに係る相続開始時である昭和43年10月27日に施行されていた相続税法による金額(4百万円)とする更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をした。Xは、これを不服として訴訟を提起した。

Ⅱ.争点

1.特別縁故者に財産分与がなされた場合における納税義務の成立時期はいつか。
2.相続財産分与の訴訟費用を分与財産から控除できるか否か。

Ⅲ.原告の主張

原告は、納税義務の成立時期について「民法958条の3第1項に規定する財産分与による財産の取得は、相続財産法人からの無償贈与であり、その取得はあくまでも国の審判であり、その取得も被相続人の死亡時ではなく、裁判所の審判の確定時である。審判確定時の相続税法を適用すべきである。」と、また、訴訟費用等の債務控除の可否につき「Aは、Bの異母弟であるが父・訴外Cの認知を受けていなかったため、その認知関係を明らかにするための調査が必要であったので、これに要する経費は、既に一定財産の取得が明らかな相続や遺贈の場合とは異なり、資産形成上要する費用であるから、取得額決定のうえで控除されるべき性格のものである。」と主張した。

Ⅳ.被告の主張

被告は、納税義務の成立時期について、「財産分与は遺産と同一に取り扱われるべきものであり、特別縁故者についての相続税の納税義務は、法3条の2の規定により被相続人の死亡の時に遡って成立し、死亡時に施行されていた相続税法を適用して相続税額を計算すべきものである。」そして、訴訟費用等の債務控除の可否については、「訴訟経費等を控除する余地はなく、財産分与の場合は、相続債権者又は受遺者に清算した後の残存すべき相続財産の全部又は一部を、審判によって分与するのであるから、分与財産について、控除すべき債務又は葬式費用は存せず、また、原告の出捐した訴訟経費が法13条1項に規定する債務に該当しないことも明白である。」と主張した。

Ⅴ.原告及び被告の反論

 原告は、「相続開始時の相続税法が適用されるとすれば、一方では価格評価は分与審判の確定時を基準として行いながら、これに対応する基礎控除は全く行われず、しかも、財産分与は分与審判の確定時がいつであるかとは無関係に常に相続税課税の対象となるから、相続開始時と分与審判の確定時との間に極めて長期の期間が存しても、一切対応する基礎控除が行われないとの不合理な事態が発生することとなるが、こうした事態を法が予定しているとは到底考えられない。」と反論した。
 これに対して、被告は、「原告がその反論で主張するような事態は、通則法及び相続税法の規定からやむを得ないものである。また、そもそも特別縁故者は本来の相続人等のように相続開始と同時に相続財産に対する権利を取得するものではなく、分与審判の手続を経て恩恵的に権利を取得するものであることに鑑みると、必ずしも不合理とはいえない。」と反論した。

Ⅵ.地裁及び高裁判旨

(1)納税義務の成立時期について、①神戸地裁は、「財産分与による財産の取得が法3条の2の擬制により相続税法上は遺贈と同一に取り扱われるべきものであるから、財産分与による財産の取得時期は、民法上の取得時期いかんにかかわらず、相続税法上は遺贈の場合と同様相続開始時であると解すべきであり、その課税については、この時に施行されていた相続税法が適用されるべきものである。」と判示し、そして、②大阪高裁は(補足訂正するほかは原判決理由と説示と同一)は、「控訴人は、基礎控除額の不合理を主張しているが、基礎控除制度は一連の税額算出過程の一要素にすぎず、これだけを取り出して不当性を云々することは必ずしも当を得ないのであり、他の算出過程ひいてはこの法体系全体との関係を看過すべきではないのであって、以上のような観点を検討すると、前記の点だけをとりあげて前示の解釈を左右することは困難である。」と判示した。
(2)審判費用等の債務控除の可否について、①神戸地裁は、「特別縁故者は、自ら申立を行って始めて分与を受けることになるのであるから、原告の主張する訴訟費用等は、被相続人の債務ではなく、また、被相続人に係る葬式費用でないこともいうまでもない。従って、右訴訟費用等が法13条1項各号所定の遺産からの控除の対象となる債務に該当しないことは明らかである。そして、他に本件分与財産につき控除すべき債務又は葬式費用を認めるに足る証拠はない。」と判示し、②大阪高裁は、「資産税制の下では所得税制のように投下資本回収部分に対する課税を避ける趣旨の必要経費控除の観念はなじまないものといわなければならない。」と判示した。

Ⅶ.解説

1.民法の特別縁故者への財産分与制度
 民法第958条の3は、「①前条の場合において相当と認められるときは、家庭裁判所は、被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があった者の請求によって、これらの者に、清算後残存すべき相続財産の全部又は一部を与えることができる。②前項の請求は、第958条の期間の満了後3箇月以内にしなければならない。」と規定している。
 この民法の規定は、昭和37年3月23日に国会で可決成立し7月1日より施行された。
一般に、この制度は遺言や遺贈を補充するものとして理解されている(1)。

2.特別縁故者の範囲

①「内縁配偶者」の範囲

申立人(内縁の妻)は30年以上にわたり被相続人と生活を共にし、被相続人死亡の際には唯一の身よりとして葬儀を営み菩提を弔ったが、遺産たる27平方メートルの家屋はもとより家主が物納したものを国から譲り受けたもので、代金は分割払で被相続人がその死亡までに約半額を支払い、残額は申立人が完済した(東京家審昭38.10.7家月16.3.123)。

②「被相続人の療養看護に努めた者」の例

看護婦である申立人は、戦時中の外地で被相続人女(夫の勤務に伴い居住していた)に出会い、従来から多少の面識があったことや同県人であることから親しくなり、内地へ引き揚げた後も親密な交際を続け、被相続人の実母の負傷の際にはその看護をし、その後被相続人が病臥してからは同女の求めに応じて(その夫は引き揚げ前の死亡)同女の家に同居し(もっとも、経済的には別個の生活)、同女の死亡までの十数年、その大半は自ら病院勤務をしながら同女の看病や身の回りの世話をしたというものであった(高松高決昭48.1.18家月26.5.88)。

3.相続人不存在の審判までの手続

相続人の死亡にともない、相続人不存在により、その財産は相続財産法人(民法第951条)となる。家庭裁判所の管理人選任の公告(民法第952条)をして2か月間相続人の出現を待ち、申し出がなければ管理人による債権申出の公告(民法第957条)をしてさらに6か月待ち、家庭裁判所の権利主張の公告(民法第958条)をして、その間に相続人である権利を主張するものが無い場合は相続債権者及び受遺者は権利行使できなくなる(民法第958条の2)。特別縁故者の申立(民法第958条の3)を民法第958条の期間満了後3か月以内に行い、分与審判の確定により特別縁故者へ帰属する(民法第958条の3)。分与の申立がないか、又は分与の申立の却下が確定した場合は、他の共有者へ帰属(民法第255条)するか、国庫へ帰属(民法第959条)することになる(2)。

4.相続財産法人の設立と消滅

民法951条は、「相続人のあることが明らかでないときは、相続財産は、法人とする。」と規定している。相続人不存在の相続財産を相続財産法人とする趣旨は、この相続財産が無主の物となる(民法第239条)ことや、ただちに国庫に帰属することをさけ、相続財産管理人をして一定の処理を行わしめるため、その権限の根拠を法律上明確にしておくためである(3)。
 相続人のあることが明らかとなれば、その相続人のために、被相続人の死亡の時から相続が開始し(民法第882条)、その時から相続人が被相続人に属していた権利義務を承継したことになる(民法第896条)。この場合には、相続財産法人ははじめから存立しなかったものとみなすとした(4)。特別縁故者は相続人ではないので、相続財産法人の存立を否定する規定を適用することはできない。

5.相続税法第3条の2の制定(現行相続税法第4条)

相続税法第3条の2は、「民法第958条の3第1項(特別縁故者に対する相続財産の分与)の規定により同項に規定する相続財産の全部又は一部を与えられた場合においては、その与えられた者が、その与えられた時における当該財産の時価(当該財産の評価について第3章に特別の定めがある場合には、その規定により評価した価額)に相当する金額を当該財産に係る被相続人から遺贈により取得したものとみなす。」と規定している。この相続税法の規定は、昭和39年3月31日に国会で可決成立し4月1日より施行された(以下3条の2は4条と読み替える)。
 民法第958条の3は、我が国では遺言がほとんど行われていない実情を考慮して、遺言制度を補充する目的といわれている。そこで分与された財産は、被相続人から遺贈により財産を取得したものとみるのが適当であるとの考えから相続税法第3条の2は設けられた(5)。
 相続税法第3条の2(現行4条)の合憲性を争った裁判において、平成4年7月27日京都地裁判決(確定)は、「憲法30条、84条にいう租税法律主義は、租税を創設し、改廃するのはもとより、納税義務者、課税標準、徴税手続等租税に関する事項は、すべて法律に基づいて明確に定められなければならないとするものである。そして、法律の定める課税の条件ないし内容は、それが明白かつ不合理で裁量の限度を著しく超えない限り、立法府の社会経済分野に関する合理的裁量に委ねられている。
 相法3条2は、課税技術上の見做し規定であって、全く所得のないところに課税所得の存在を擬制したものではなく、またこれが著しく不合理であって、立法裁量の限度を超えるものともいえない。したがって、相法3条の2は憲法に適合するものである。」(税資192号165頁)と判示して、違憲とならないとの判断を示した。

6.特別縁故者の納税義務の成立と確定

相続税の納税義務は、一般に、相続又は遺贈により財産を取得した時に成立し(国税通則法第15条第2項第4号)、納税者の申告によって確定する(同法第16条)。特別縁故者の相続税の納税義務も、相続税法第3条の2(現行4条)により特別縁故者は分与財産を遺贈に因り取得したものとみなされるので民法上は特別縁故者は審判の確定によって始めて遺産を取得するのであるが、その納税義務は被相続人の死亡の時(相続開始時)に遡って成立すると解される。そして、特別縁故者は、分与財産の審判の確定した日から10ヶ月以内に相続税の申告をしなければならないので(相続税法第29条)、この申告によって、相続税の納税義務が確定することになる。
 財産分与についての納税義務の成立について、本件の原告は、「財産分与による財産取得の場合は、前述のとおり国の決定(審判)の確定によりはじめて取得者たる地位や取得財産が定まるのであって、財産取得時が裁判所の審判確定時であることからすれば、審判確定時に相続財産法人からの財産の承継取得が決定して納税義務が生じ、その時点ではじめて税額も確定すべきことは当然である。
 従って、財産分与による財産取得者は、審判確定の時点で相続財産法人からの取得を被相続人からの取得、すなわち、遺贈がされたものと解してその時点の相続税法の適用を受けるものと解すべきである。」(神戸地裁昭和58年11月14日判決・行集34巻11号1951頁)と主張した。
 このような原告の主張に対して、本件とは別の類似事案について大阪高裁は、「私法上の分与財産取得時期如何にかかわらず、法3条の2が被相続人からその財産を遺贈されたものとみなして相続開始時にその財産を取得したものとして趣旨は、前記のとおり財産分与が遺贈制度を補充するためのものであるところ、課税面においてもこのことを考慮し、分与財産は被相続人から遺贈によって取得したものとみて相続税の課税対象とすることが相当であり、また分与財産の取得が遺贈によって被相続人から財産を取得した場合、及び法3条のみなし遺贈の場合とその実質において相異がないと解されたためである。そして分与財産を課税対象とするためには、相続法の課税体系(法定相続分課税方式の導入による遺産取得課税)とみなしたものである。
 従って、本件財産分与による私法上の財産所得時期が相続開始時から長期間を経過したからといって、そのために法3条の2を別異に解すべきではない(因みに、相続の場合でも、例えば共同相続権の存否等について争いがあるため長期間遺産分割が行われず、そのため共同相続人が実質的にみて相続財産を長期間取得できなかったと同視できる場合もあることに思いを致すべきである)。」(大阪高裁昭和59年11月13日判決・訟月31巻7号1695頁)と判示した。
 金子宏教授は、「相続税の納税義務は、被相続人の死亡のときにさかのぼって成立するのではなく、審判の確定により特別縁故者が財産を取得したときに成立すると解すべきであり、したがってその内容は、審判確定時の相続税法によって計算すべきである。」(6)と述べている。「金子租税法12版」では、さらに続けて、「「遺贈により取得したものとみなす」という規定は、この財産をみなし相続財産にとりこむための規定であって、納税義務の成立とは関係がないと解すべきであろう。」(7)とされていた(「金子租税法23版」ではこの部分は削除されている。)。
 相続税法上の財産分与による財産の取得時期は、遺贈の場合と同様に被相続人の死亡の時であるので、その時点で施行されていた相続税法が適用される(最高裁昭和63年12月1日判決・税資166号652頁)。すなわち、みなし遺贈と納税義務の成立とは関係ないとして財産分与を受けた時の相続税法を適用すると、遺贈により相続財産の一部を取得した者と後日特別縁故者として財産分与を受けた者がいる時には、適用すべき法がまちまちとなって相続税法第16条により相続税の総額を計算することが不可能となる。以下において財産分与の課税方式について検討してみたい。

7.特別縁故者への財産分与に対する課税

①所得税による課税方式

特別縁故者への財産分与制度創設から、昭和39年に相続税法第3条の2が施行されるまでは特別縁故者への財産分与は、相続財産法人に属していた財産を同法人から特別縁故者がその対価として役務の提供や資産の譲渡代金を支払うことなく取得することから、民法上は相続財産法人からの無償贈与と解されている。そこで、所得税法の一時所得(旧所得税取扱基本通達150)として所得税の課税が行われた(8)。

②相続税による課税方式

これは、特別縁故者への財産分与が被相続人の死亡を原因として生ずるという実質に着目した課税方式である。しかし、相続税課税方式は、特別縁故者への財産分与が遺贈に近似するという実質面をみれば妥当であっても、法的構成としては民法上の制度に適合しない面がある。そこで、相続税法3条2では租税法固有の観点から、以下のような二重の擬制が行われた(9)。

8.特別縁故者への財産分与に対する相続税法による二つの擬制

①第一の擬制

特別縁故者への分与財産は被相続人から取得したものとみなされた。相続財産法人からの無償贈与を遺贈と解することは、原則として、個人間の財産承継を基礎とする現行相続税法の体系になじまないだけでなく、相続税法第21条の3第1項(贈与税の非課税財産)に違反する結果にもなる。従って、相続税法では民法の制度(相続財産を法人とすること自体、相続財産の清算を目的とする民法上の擬制であるが)を修正して、被相続人から相続人という当然承継主義に即した制度に改める必要が生じた(10)。

②第二の擬制

特別縁故者への財産分与は、その内容が家庭裁判所の審判によりはじめて確定されるにもかかわらず、通常の遺贈と同視された。この擬制は、現行相続税額算定方式に由来すると考えられる。遺産取得税方式が採用されている結果、相続開始時に、通常の遺贈により相続財産の一部を取得した者と、後日、家庭裁判所の審判により特別縁故者として財産分与を受けた者とがいる場合においても、相続税の総額を計算する必要上、財産分与の存否、内容の確定の有無にかかわらず、両者は相続開始時の相続財産を取得したものと仮定せざるを得ない(11)。
 この場合において、分与財産の価額を分与の時の時価によるとしているのは、相続財産
法人において相続財産の清算が行われ、その結果残存すべきものが分与されるからである。
しかし、この分与を被相続人からとみなしているため、課税時期は、被相続人について相続が開始した時期となるので、課税関係は、相続開始時の法令によることになる(12)。
 よって、特別縁故者への財産分与では、相続財産の評価時期と相続税の課税時期が異なることになる。
 本件の場合、相続開始時の基礎控除額は400万円、審判確定時は2,000万円であるが、相続開始時の相続税法が適用されるので、低い基礎控除額となる。そこで、財産分与審判が遅れている実情をふまえて、立法論として検討されるべき事項といえるとの見解がある(13)。

9.審判費用等の債務控除性

相続税法第3条の2(現行4条)では特別の控除規定を設けていないので、審判費用等が相続税法第13条第1項に該当するか否かを検討することになる。
 すなわち、債務控除の対象となるのは、イ.被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの(租税公課を含む)、及び、ロ.被相続人に係る葬式費用で、相続人及び包括受遺者の
負担に属する金額である。
 現行相続税法は、民法の相続制度にリンクさせて租税制度が組み立てられており、相続開始時における相続財産の価格を基礎とする課税方式をとる限り、相続開始時に存しない審判費用等は上記イ及びロに該当しないので債務控除の対象とならないことになる(14)。
 財産分与を受けた特別縁故者が、被相続人の葬式費用又は被相続人の療養介護のための入院費用等で相続開始時に支払われていない費用を支払った場合は、これらの金額を相続財産から別に受けていないときは、分与を受けた金額からこれらの費用の金額を控除した価額をもって、その分与された価額として取り扱われる(15)。
 訴訟費用等について、本件地裁判決は、「財産分与は、相続債権者又は受遺者に対する弁済を終え、相続財産の清算をしたあとの残存すべき相続財産の全部又は一部を家庭裁判所の審判によって恩恵的に特別縁故者に分与するものであり、右特別縁故者は、自ら申立を行ってはじめて分与を受けることになるものであるから、原告らの主張する訴訟費用等
は、被相続人の債務ではなく、また、被相続人に係る葬式費用でないこともいうまでもない。
 従って、右訴訟費用等が法13条1項各号所定の遺産からの控除の対象となる債務に該当しないことは明らかである。」と判示した。
 審判申立費用・訴訟費用等の債務控除性について、岩下忠吾氏は、「相続人不存在における財産分与は特別縁故者がその財産分与請求を申し立てなければならないものであり、相続における当然の権利とは異なるものである。さらに、その申し立てについては家庭裁判所が相当と認めなければ財産分与を受けることはできないのである。このようなことから、財産分与請求に関して支出した経費を分与財産価額から控除することについて法的に救済されるべきと考える。」(16)と述べている。

10.被相続人から受けた贈与

相続財産の分与を受けた者が当該相続に係る被相続人から相続の開始前3年以内に、被相続人から贈与により財産を取得することがある場合には、相続税法第19条の規定が適用されることになる。
 財産分与を受けた特別縁故者が遺贈年に被相続人から贈与を受けた場合は、一般的には当該年度は贈与税を課税することなく相続税だけの課税となる。しかし、当該特別縁故者が通常の相続税の申告期限までに審判が確定しない場合は、一旦贈与税の申告期限までに贈与税の申告納税を行い、審判が確定したときに相続税申告で相続開始前3年以内の贈与税額控除と併せて控除を行うことになる。
 なお、相続税額の算定は、2割加算の適用を受けることになる。

11.おわりに

財産分与は審判の確定があって初めて権利を取得することになる。相続税法3条の2(現行4条)は、特別縁故者に対する財産分与を遺贈と見なす擬制をしている。法律上は遺贈とみなされている以上、相続開始時に相続税の納税義務が成立すると解さざるを得ないので相続開始時の相続税法が適用される。
 一方、財産評価の時期は財産分与が確定した時の時価により評価される旨定められている。問題は、審判の確定がいつになるかその時期が不確定で、評価の時期と相続税法の適用の時期にズレが生ずることである。遺贈された財産は、相続開始時で評価され、分与財産については分与時で評価されるという違いが生ずることになる。現行法上はこの相違を是正することはできない。
山田二郎弁護士は、「相続税法3条の2が、特別縁故者に対する財産分与を遺贈とみなしているが、この擬制は、民法上の制度にフィットしておらず、不合理な面があるので、昭和39年以前の取り扱いのように一時所得とした方がよいのではないかと考える。」(17)と述べている。
 岩崎政明教授は、「死亡退職金でも死亡後3年を経過した後に、その支給が確定したものについては、みなし相続財産とはされず、一時所得が課されている。そこで、相続開始から審判確定までの期間に一定の基準を設け、右期間内に財産分与の審判があったときには遺贈とみなして、相続税を課し、右期間経過後に審判が確定したときは、遺贈とみなすべき合理的関連性が薄れていると解されるので、所得税を課すといった法的調整措置が定められるべきであろう。」(18)と述べている。
 審判の確定の時期が長引くと、特別縁故者への財産分与及び財産評価が決まらないという事態が長く続くことになる。
 岩崎教授は一定の期間経過後に審判が確定した段階では一時所得を課税し、一定期間経過前であれば相続財産の評価額が決まり相続税の課税対象となるとの見解である。当該期間である一定の基準を相続税の確定権の除斥期間との関係から5年(国税通則法70条3項)とすることが妥当であるとされている(19)。
 山田弁護士、岩崎教授のいずれの見解をとるにも法律の改正を要することになる。
 本事案では相続税の基礎控除額に大きな変更があったので、納税額に大きな相違が生ずることになった。しかし、相続税法の改正内容を予測することは困難であり、相続開始時の評価額より分与確定時の評価額の方が低くなることもあり得よう。審判の確定を遺贈とみなす規定が存するかぎり、特別縁故者の相続税の納税義務は被相続人の死亡時に遡って成立することになる。

<注 記>

(1)谷口知平・久島忠彦編『新版注釈民法(27)相続(2)』有斐閣(1989年)694頁
(2)藤島武雄「相続人不存在の手続」判例タイムズ167号741頁(1964年)
(3)谷口知平編『注釈民法(25)相続(2)』有斐閣(1981年)511頁
(4)同 上 531頁
    特別縁故者に対する総合的な判例研究として、沼辺愛一・藤島武雄「特別縁故者に対する相続財産の処分をめぐる諸問題」判例タイムズ155号63頁がある。
(5)武田昌輔監修『DHCコンメンタール相続税法2』第一法規(1981年)852頁
    民法改正について論じたものに、人見康子他「特別縁故者に対する残存相続財産の分与制度をめぐる諸問題」私法30号149頁がある。
(6)金子宏『租税法[第二十三版]』弘文堂(2019年)685頁(12版の441頁も同様)
(7)金子宏『租税法[第十二版]』弘文堂(2007年)441頁
(8)岩崎政明「特別縁故者への相続財産分与と課税」ジュリスト829号87頁
(1985年)
(9)同 上 89頁
(10)同 上 89頁
(11)同 上 89頁
(12)武田 前掲注(5)855頁
(13)山田二郎「行政判例研究」自治研究62巻2号131頁(1986年)
(14)碓井光明「租税判例研究」税務事例16巻11号7頁(1984年)
(15)旧相続税法基本通達3の2-3
(16)岩下忠吾「第15章 納税義務の成立と課税時期」山田二郎編集代表『実務租税
法講義』民事法研究会(2005年)495頁~496頁
(17)山田 前掲注(13)133頁
(18)岩崎 前掲注(8)91頁
(19)岩崎 前掲注(8)91頁

<参考文献>
1.佐藤孝一「民法958条の3の規定による相続財産の分与を受けた場合の相続税の課税時期等」税経通信39巻3号257頁(1984年)
2.岩崎政明「特別縁故者への財産分与における相続税の納税義務の成立時期と課税価格の算定」判例時報1126号178頁(判例評論309号16頁)
3.高田敏明「民法958条の3に基づく特別縁故者への相続財産の分与の取扱」税務弘報32巻9号146頁(1984年)

(山口敬三郎「特別縁故者に対する相続財産分与」月刊税務事例2020年4月号23頁以下に掲載されたものである。)